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日宋貿易

平治の乱に勝利して一躍スターダムにのし上がった平氏一族。その繁栄の基盤は軍事力だけではなく、対外貿易による経済力にありました。

 

そもそも、対外貿易による莫大な利益に最初に目をつけたのは清盛の父・忠盛でしたが、大宰少弐に就任した清盛がこれを引き継ぎ、日宋貿易を強化・独占していきました。当初は朝鮮王朝の高麗とも交易を行なっていたようですが、高麗の政情が不安定になったことから、宋との貿易に集中していったようです。

 

日本からの輸出品は、金・硫黄・刀剣・漆器・漆。輸入品は、織物・経巻(経典)・香料・陶器・銅銭でした。

 

清盛主導の日宋貿易におけるおもなできごと
  1. 1169年(嘉応元年)、清盛が宋に使者を送り、貢物を献上する。
  2. 1170年(嘉応2年)9月、宋の使者が福原に来訪し、土産と「日本国王に賜う」という送文を贈る。京の後白河法皇も福原に駆けつけ、宋人と謁見した。
  3. 1171年(承安元年)、後白河法皇から蒔絵、砂金百両、清盛から剣一腰・鎧の贈答品を受け取った宋の使者が帰国。
  4. 1174年(承安4年)頃、清盛によって大輪田泊の改修が行われる。このとき、阿波に地盤を持つ平氏の家人・田口重能が工事責任者となった。
  5. 1180年(治承4年)、清盛が再び大輪田泊を改修。

 

当時の朝廷内はまだ排外思想が強く、こうした清盛の行いは「猿犬の所為」と軽蔑されました。また、後白河法皇を福原の別荘に招いて宋人と対面させた件についても、「天魔の所為」と恐れられたそうです。というのは、当時、帝が外国人と会う場合は御簾の中でというのが、常識だったためです。

 

当の清盛は、こうした批判をまったく意に介さず、平気で武器を海外に輸出したり、高倉上皇の厳島御幸の際には宋船を使ったりしていましたが、当時の世相からすると反発の要因でした。

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